Author Archives: toshiki kamei


WHAT IS LIFE?
IT IS THE FLASH OF A FIREFLY IN THE NIGHT.
IT IS THE BREATH OF A BUFFALO IN THE WINTERTIME.
IT IS THE LITTLE SHADOW WHICH RUNS ACROSS THE GRASS AND LOSES ITSELF IN THE SUNSET.

– Blackfoot Indian –

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“大部分の人はメタファーなどなくとも、日常生活はなんら痒痛を感ずることなくやっていけるものと考えている。
ところが、われわれ筆者に言わせてみれば、それどころか、言語活動のみならず思考や行動にいたるまで、日常の営みのあらゆるところにメタファーは浸透しているのである。われわれが普段、ものを考えたり行動したりする際に基づいている概念体系の本質は、根本的にメタファーによって成り立っているのである。”

– ジョージ・レイコフ「レトリックと人生」-

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“例えば、諸君が野原を歩いていて一輪の美しい花の咲いているのを見たとする。見ると、それは菫の花だと解る。
何だ、菫の花か、と思った瞬間に、諸君はもう花の形も色も見るのを止めるでしょう。諸君は心の中でお喋りをしたのです。
菫の花という言葉が、諸君の心のうちに這入って来れば、諸君は、もう眼を閉じるのです。
それほど、黙って物を見るということ事は難しいことです。
菫の花だと解るという事は、花の姿や色の美しい感じを言葉で置き換えてしまうことです。言葉の邪魔の這入らぬ花の美しい感じを、そのまま、持ち続け、花を黙って見続けて入れば、花は諸君に、かつて見た事もなかった様な美しさを、それこそ限りなく明かすでしょう。”

– 小林秀雄「美を求める心」 –

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“その通りだゴンザレス、いいかね若い諸君、私はこのまま惑星クリプトンへ帰るかもしれないからこのことだけは憶えておきたまえ、スーパーマンも人間も同じだが、大事なのはスタイルだ、自分のスタイルを守ることだ、どんなひどい状況に陥っても自分のスタイルを崩さなければ何とかやっていけるものだよ。”

– 村上龍「悲しき熱帯」 –

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“なぜ人間に美学とモラルが必要かといえば、一つには意外かもしれませんが、最終的に大変効率がいいからです。
「効率がいい」というと語弊があるかもしれませんが、より高いところから、より大局を見て、一本筋が通っていると、大きな意味で効率がいいのです。
(中略)
あくまで正しいことをやっていく、考えていくことは、しばしば自己犠牲を強いられたり、禁欲的に何を我慢したりとマイナスな面ばかりをとらえがちですが、長期的な目で見ればずっと効率がよく、最終的には自分にもプラスになります。”

– 中西輝政「本質を見抜く『考え方』」 –

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高度に複雑で抽象的な問題を扱う際、「解」は、論理的に導くものではなく、むしろ美意識に従って直感的に把握される。
そして、それは結果的に正しく、しかも効率的である。

– 羽生善治 –

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私たちの知覚は解釈的な活動を介して心がこしらえたものである。
しかし、それは心のなかの映像であると同時に身体の外でも存在しうるのだ。
もし知覚が心の内側にも身体の外側にも存在するのなら、心もまた身体の外へ拡がってゆくのではないか。
私たちの心は外にでて見えるものすべてに触れることができる。
遠くの星を見れば心は天文学的な距離を超えて拡がり、その天体に触れる。
主体と客体はまったく見分けがつかなくなる。私たちは知覚を通して外界を内部にとりこむのだが、私たちもまた外界へ拡がってゆくのである。

– 世界を変える七つの実験 – ルパート・シェルドレイク

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岡本太郎は19歳で渡仏し、22歳の若さで抽象芸術運動の、ど真ん中に迎えられるわけです。そのときのメンバーの顔ぶれは巨匠ばかりで。しかも同時にシュルレアリスムの連中ともつきあっている。いわば、世界選抜チームを渡り歩いたわけで、人脈にしろ、キャリアにしろ、言うことなし。戦争が終わって、パリに戻っていれば、うまくいくのは目に見えていた。だけど、帰らなかった。なぜか?いわば太郎は、草野球しか知らない国からひとり大リーグに渡った男だ。帰ってきたら母国はまだおかしなルールで草野球をやっていた。それを見て、誰からも頼まれてないのに、このガラパゴスをなんとかしなきゃ。それがおれの仕事なんだ、と勝手に思い込んだんじゃないかと思うのです。だって、太郎は滅茶苦茶、真面目な人だから。芸術とは何か、人生とは何か、大衆に向かって、それを言い続けた。だけど、結局伝わらなかった。死ぬまで「残響の強い無理解」の中にいた。晩年テレビに出た時も、彼はお笑い芸人まがいに見られていたし、ちょっと風変わりな、いわば奇人変人の類というか、好奇な目で見られる存在に、なっていた…。「岡本太郎って、なんだかすごい人らしい」そう言われながら理解もしなければ親しみもない、その状態でさらされていた。それでも、彼は岡本太郎です。ぼくの最も尊敬する芸術家のひとりです。

– youtubeのとあるコメント –

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