Daily Archives: 2016年7月7日

“住所も知っているけれど、会いに行けるわけはない。
絶対に行かないと思う。
ただ、東京に住んでいれば、何百万分の一かの確率ででも、
道でばったり会う可能性というものがあるだろ。
その思いだけがあれば一日一日をやり過ごしていける。
それに東京に行くといつもこう思うんだ。
あの人が息を吐くだろ。僕が息を吸うだろ。
それはつまりひとつの空気をやりとりしていることなんだ。
雨がふったらその同じ雨に濡れるということなんだ。
ホテルの窓から夜景を見たりすると、いつも思う。
あの光の海の中の、どれかひとつが、あの人の住んでいる家の、窓の光なんだ、と。
そう思っているだけで生きていける。
大阪にいるとね、それがないんだ。ここには何もない。
ここにいる間は生きていても死んでいるのと同じだ。だから、東京に住むことに決めた”

『世界で一番美しい病気』 / 中島らも

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