もう何年も前のことなので番組名は覚えてないが五嶋龍というバイオリニストのドキュメンタリーを見ていた。
五嶋龍というのは天才バイオリニスト五嶋みどりの(おそらく)七光り息子だ。
その番組のインタビューの中で彼が「生きて生きて、もうこれ以上生きられないというところまで生きてみたい」と言ったことに甚く感動し、時々思い出しては内省している。そしてここ数週間は毎日のように考えていた。
ちなみに彼はそのインタビューの前後で、「ゆくゆくは自分の国を持ちたいし、宇宙にだって行ってみたい。やりたいこと全部やろうと思ったら人生100年じゃとても足りないですね。400年は生きなきゃ(笑)」というようなことを言っていたので、彼の言う「生きて生きて」というのは単に時間軸のことを言ったのかもしれない。
とはいえ、彼の意図がなんであろうとこちらとしては感動したもん勝ちであり、当時の自分は「生きて生きて」の部分を濃度や情熱のことだと思って感動したのである。
「生きて生きて、もうこれ以上生きられない」そんなふうに思えるほど一生懸命生きてみたいし、それはどういう生き方だろうと未だに考え続けてる。
そんな折に読んだアガサクリスティーの「春にして君を離れ」のギルビー校長の言葉は痛いほど刺さった。
「人生は真剣に生きるためにあるので、いい加減なごまかしでお茶を濁してはいけないのです」
自分はもう長いことずっとお茶を濁してばかりだ。
人より少しばかり出来の良い頭を使い、人より少しばかり良い給料を稼ぎ、ずっとお茶を濁しながら生きてる。
これでは生きてる意味もない。